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塗装会社のMBO(従業員承継)

1. 事例の経緯


東京都江戸川区にある大塚塗装工業は、創業40年を迎える塗装業者である。創業者の大塚信二(仮名)は75歳となり、経営の将来について考える時期に差し掛かっていた。同社は戸建て住宅やマンション、工場の外壁塗装を手がけ、地域のリフォーム業者やゼネコンからも信頼を得ていた。


大塚が塗装業界に入ったのは20代の頃。大手塗装会社で職人として働き、厳しい環境の中で技術を磨いた。「大塚の塗装は長持ちする」と評判を得るようになり、30代半ばで独立を決意。資金がほとんどない中、中古のトラック1台と小さな倉庫からスタートした。


誠実な仕事を続けた結果、口コミで評判が広がり、1990年代には法人化。職人を雇い、2000年代には大手建設会社とも直接契約を結び、安定した受注を得るようになった。しかし、2008年のリーマンショックが直撃。取引先のゼネコンが仕事を減らし、資金繰りが悪化した。


この時、会社を支えたのが社員の村上浩一(仮名)だった。村上は大学卒の社員で、現場作業に加えて営業や経営にも関心を持ち、会社の成長戦略を考えていた。リーマンショック後も新たな仕事の仕組みを提案し、会社の売上回復に貢献した。


65歳になった大塚は、村上に取締役就任を打診。村上は覚悟を決め、将来の社長就任を視野に入れた。税理士の助言を受け、村上に株式の一部を譲渡する形で承継を進めた。リーマンショックの影響で株価が低く、村上の金銭的負担も軽減された。


村上が取締役について10年後、代表権を村上に譲渡。しかし、大塚は株式の70%を依然として保有していた。


2. 事業承継の課題


大塚塗装工業の事業承継は、比較的成功した側面があるものの、株式の移転が十分に進まなかったことが課題として残った。


1. 経営権の不安定化


会社の経営方針決定には株主の意向が影響する。


代表権を持つ村上が過半数の株式を持たないため、自由な経営判断が難しくなる。


投資や資金調達の際、大塚の承認が必要になることで迅速な経営判断が阻害される可能性がある。


2. 相続税の問題


大塚が株式を保有したまま他界した場合、相続税の負担が大きくなる。


会社経営に関心のない親族が株式を相続すると、経営権が不安定になるリスクがある。


3. 従業員の不安


「社長は村上だが、実質的なオーナーは大塚」と認識されることで、組織の安定性が損なわれる可能性がある。


大塚と村上の意見が対立した場合、従業員がどちらに従うべきか迷い、組織が混乱する危険性がある。


加えて、大塚の家族の存在も考慮すべき要素である。将来的に孫が事業を継ぎたいと考えた場合、村上の立場はどうなるのか。家族と十分に話し合い、後継者の立場を明確にすることが不可欠である。


3. 事業承継の対策


事業承継は単に「社長の交代」ではなく、「会社の所有権の移転」も含めて進める必要がある。そのため、MBO(Management Buyout)を活用するのが有効な手法の一つとなる。


1. 自己資金によるMBO


後継者が自己資金で株式を買い取るシンプルな方法。


村上の場合、リーマンショックの影響で株価が低かったため、比較的少ない負担で株式を取得できた。


しかし、多くのケースでは短期間で高額な資金を用意するのが難しい。


2. SPC(特別目的会社)を活用したMBO


後継者がSPCを設立し、銀行融資を受けて株式を取得。


SPCと大塚塗装工業を統合することで、村上が正式なオーナーとなる。


個人では借り入れが難しい場合でも、会社の信用力を活用して資金調達が可能。


融資を受けるには、後継者の経営能力と明確な成長戦略が求められる。慎重な準備が必要である。


4. 事業承継成功のポイント


大塚塗装工業の事例は、事業承継の成功と失敗が紙一重であることを示している。成功の鍵は、「代表権の移譲」と「所有権の移転」をセットで進めることにある。


重要なポイント


代表権を譲るだけでなく、株式の移転も計画的に進める。


事業承継を円滑に進めるため、MBOなどの手法を活用する。


家族や従業員と事前に十分な話し合いを行い、承継の方針を明確にする。


本当に後継者が安心して経営できる状態になっているのか?

創業者がいなくなっても会社が回る仕組みを整えているのか?


事業承継は、会社を守る最後の大仕事である。次世代がより良い形で会社を引き継げる環境を作るため、今から準備を進めることが求められる。

 
 
 

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