「誰も悪くない、でもこのままでは続かない」――家族経営の見えない限界に、今こそ向き合う
- 研究員 石原幸一

- 11月25日
- 読了時間: 5分

はじめに
創業から何十年、家族で支え合い、助け合いながら守ってきた会社。兄弟で口論もしながら、でも最後は笑って終わる──そんな時代があったはずです。しかし、会社が大きくなり、世代が進むにつれて、その“当たり前”が少しずつ機能しなくなる瞬間がやってきます。
今回は、関東地方と東北地方に拠点をもつある製造業の事例を紹介します。創業者の意思を継ぎ、親族一丸となって経営してきたその会社が、3代目の代になったいま、「誰も悪くないのに、うまくいかない」状況に陥り始めています。
これは、全国の家族経営企業が直面する“静かな崩壊”のはじまりかもしれません。そして、それを乗り越えるためには「専門家の力を借りる」ことが、決して“弱さ”ではないのだと、改めてお伝えしたいのです。
【1】阿吽の呼吸が通じなくなった日
この会社は、関東某所に本社工場を、東北地方に製造工場を構える製造業。現社長は創業者の長男であり、東北の製造拠点に拠点を移し、現場の指揮をとってきました。
この会社の特徴は、何よりも「家族の力」で支えられてきたこと。創業者の子である4人兄弟がすべて役員(長男:社長、次男:専務、三男と四男は平役員)として働き、さらに社長の妻や子ども、次男の妻や子どもまでもが勤務。いわば“ファミリービジネスの理想形?”のような組織です。
これまで、先代の「兄弟仲良く」「和をもって経営せよ」という教えを胸に、役職や上下関係を明確にしないまま、暗黙の了解=“阿吽の呼吸”で会社をまわしてきました。
しかし──3代目の時代に入り、その空気が変わってきます。
社長の長男と次男および専務の長男(社長からみると甥っ子)世代が台頭してきたとき、彼らにとっては「父やおじさんの言うこと」は命令ではなく“家族のアドバイス”。指示命令が通らず、責任の所在も曖昧なまま、かつ、社長も専務も自分の子供の可愛さが無意識のうちに優先され、社内に目に見えない混乱が起きはじめていました。
【2】崩れ始めた“なんとなく経営”
実際の課題は、以下の2点に集約されます。
(1)組織がない組織
4人の兄弟がそれぞれ顧客や業務を抱え、役職はあってないようなもの。上下関係が存在せず、責任の所在もあいまい。誰かが困っていても、誰がその責任を持つのか分からず、最後は社長がなんとなく取りまとめる──そんなスタイルです。
結果として、次世代の社員(社長の子どもや甥っ子)に対する育成やマネジメントも「言ったけどやらない」「どう伝えたらいいか分からない」といった悩みに直面。組織としての形が崩れかけていました。
(2)後継者が“育っていない”のではなく、“育てていない”
社長は自分の長男を後継者と考えていますが、すでに38歳。対外的なメンツからも「長男に継がしたい」という思いは強いものの、仕事にルーズな面があり能力的にも不安があるのが事実。一方で社長の次男は優秀であり社内外からも評価が高いが、本人に遠慮がある。
一方、専務夫婦は、後継者には自分のこどもが一番だと信じて疑わない状況であるが、社長から見るとパワハラ気質があり周りの社員がストレスで辞めていくことが多いなど、経営者の資質として疑問を持っている。
結果として、いまだにどの後継者候補にも明確な責任のあるポジションや役割を与えず、「そのうちやらせよう」という状態が続いています。
今重要なのは、「本人の能力」ではありません。責任と役割を与え、試行錯誤の機会をつくることこそが、後継者育成の第一歩であるにも関わらず、それが先延ばしにされ続けているのです。
【3】提案した“組織の再構築”と、その後の停滞
当職の指導のもと、4人の兄弟と議論を重ねた結果、以下のような体制案が浮上しました。
現専務を副社長に昇格し、社長の補佐に
三男を専務に昇格し、関東拠点の統括責任者に
四男を常務にし、甥っ子世代の育成に責任を持たせる
社長の長男を製造工場の責任者として、育成を本格化させる
一同は「これが理想の形だ」と納得し、方針として進めることに──なった、はずでした。
しかし。
それから2年が経過しても、誰一人役職は変わっておらず、後継者も決まっていません。
【4】「決められない社長」に伝えたい、たった一つのこと
決断できない社長は多くいます。「誰かが不満を言うのでは」「親族が揉めるのでは」と恐れる気持ちは分かります。特に、「専務夫婦は自分の親の面倒を見てくれた恩がある、」とういうような非常に厄介な心理ブロックも働いています。
でも、決めないまま放置することこそが、最大の“分裂”を生む火種になります。
では、どうすれば決められるのか?
それは、「決め方を決める」ことです。
社長が責任を持って「期限を切って」指名する
家族会議を開いて、多数決で方針を決める
社外の専門家を交え、中立的な視点で評価する
手法は何でも構いません。大切なのは、「自分はこのやり方で決める」と社長自身が決めることです。そしてその結果に責任を持つこと。他人のせいにしないこと。それだけが、組織と後継者を前に進ませます。
【5】家族だからこそ、専門家が必要
家族経営は、感情と信頼がベースになっています。だからこそ、利害や上下関係が絡むと一気に関係性が壊れやすい。
そんなときに、第三者の専門家が入ることで、冷静に意見を整理し、社長が決断しやすい「土台」を整えることが可能になります。
よく「まだ小さな会社だから専門家なんて大げさだ」とおっしゃる方もいますが、むしろ組織基盤が家族に依存している会社ほど、専門家が必要です。
【6】最後に
この話は、決して他人事ではありません。
あなたの会社の中にも、
後継者がいるけど「まだ早い」と思っている
親族間の関係性に配慮して、役職や責任を与えられていない
誰が何を担当しているのか曖昧なまま業務がまわっている
──そんな兆候があれば、もう事業承継の準備を始めるタイミングです。
決められないまま時間が過ぎれば、「その日」は確実にやってきます。
そのときに慌てないよう、どうか今、第一歩を踏み出してください。
そして、その一歩を確実にするために、信頼できる専門家に相談してみてください。
事業承継は、人生最後の経営判断です。だからこそ、独りで抱えず、進めること。




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